実名でブログを書く5つのメリット
実名でブログを書く人がいる。僕もその1人だ。
よく、「実名であるべきか、それとも匿名であるべきか」と言った「べき論争」が繰り広げられていたりする。当エントリではその点について触れない。と言うのも、その人のおかれている環境、ブログを書き続けることで享受したいメリットの内容に依る部分が大きいからだ。
このエントリでは「べき論」を避け、「実名でブログを書くとこんなメリットがあるよ」ってなことを解説を交えつつ羅列する。「ブログを書くことのメリット」ではなく「実名ブログを書くことのメリット」だと言うことをお忘れなく。前者も含めると量が増えるので後者のみにフォーカスする。
勿論これは一例に過ぎないと言うことを前置きしておくが、それでも1つの指針になれば嬉しい。
実名でブログを書く5つのメリット
1.自分自信に価値と信用が生まれる
ブログをハンドルネーム(以下HN)で書く場合も、実名で書く場合も、固有名詞自体に価値が生まれる。
例えば、エントリを投稿するたびに100以上ものブックマークを得る分裂勘違い君劇場の管理人、fromdusktildawn氏には彼のHN自体に価値が生まれている。彼が「フリーダムSNSを始めた」と言えば、fromdusktildawn氏に価値を見いだしている人(エントリをおもしろいと思っている人など)の一部は「彼が始めたものならば!」と参加するわけだ。仮に僕がSNSを始めたとしても参加するユーザは10人にも満たないだろう。
以上が価値の話。最初にも書いたとおり、価値は固有名詞自体に宿る。だが、信用はHNに宿りにくい。
と言うのも、僕がfromdusktildawn氏と面識のない人にデス・ノートのL(キャラクタの名前)よろしく「私がfromdusktildawnです」と言っても中々信用してもらえないだろう。(顔写真を載せていれば別だが)
一方、実名で「佐々木渉です」と名乗り、免許証や学生証などの既に信用が置かれている機関が発行したものを使えばほぼ確実に自分であることを証明できる。(佐々木渉の免許証を盗んだあと、整形手術を施した上で佐々木渉というHNを使うといった特異な状況を除く。)
2.程よい緊張感が生まれる
1で述べたように、内容の質が固有名詞に価値を付加するため、「固有名詞=実名」という状態だと、エントリの内容が自分自身の価値を左右することになる(HNは変更可能だが実名は変更できない)。そのため、自分の価値を下げたい人以外は、エントリの内容を良くすべく読者を意識した文章を書くことを心がける。そうすることで、結果的に文章力、ひいては思考力を向上させると僕は思っているのだが皆さんはどう思うだろうか?
3.(気の合う)友達が増える
自分のブログに興味を持ってくれた人たちが連絡をくれる。
感覚としては、HNで書くより実名で書く方が連絡が多いように思う。(1の信用に依る部分が大きいのかな)
その人たちは既にブログを読んでくれているため、自分がどういう人間かと言うことをある程度認識してくれているため、基本的には気が合う。(気が合わない人にわざわざ連絡を取って会おうとは思わないだろうと言う憶測に基づいた意見)
気が合うというのは趣味や考えの方向性が似通っているという意味で、1つの方向に収束していくこともある。これが良いと思うか悪いと思うかはあなた次第。なので「(気の合う)」とした。
4.有名な人に認識され、時にアクションがある
今日、友達からとてもおもしろい話を聞いた。
彼は7月30日のエントリで、DeNAのインターンのエントリーについて書いた。(僕は彼が優秀だと認識しているので、DeNAに不備があったと断言する)
要約すると、DeNAのシステムに不備があり上手く応募できなかったということだ。そこまではよく見かける内容だったりするのだが、その後の展開がすごい。
なんと、DeNAの南場智子女史がこのブログを読んで、彼に電話してきたのだ。(南場女史から直接ではなく、採用担当者経由。)
7月31日だったエントリの締め切りを8月1日に変更し、さらに500文字に制限されていた入力欄の上限を1000文字にしたのだ。(彼は「責任重大だw」と嬉しい悲鳴をあげていたことは言うまでもない)
もし匿名でブログを書いてあったならば、個人を特定できなかっただろう。
5.365日24時間、世界中から見てもらえる自分の分身として使える
これは、僕が4月に行ったカンファレンスのなかで渡辺千賀女史が言っていた言葉だ。
確かにその通り。実体では物理的に存在できる空間も、活動できる時間も限られている。だけどブログはサーバがダウンしない限り、1年中自分の分身として世界中から閲覧される。こんなにハードルが低く、便利な自己紹介ツールもそうそう無い。
ブログは個人の価値を高める1つの方法
以上の4つの理由から、僕は実名でブログを書くことをオススメしている。
この10年でネットインフラが整った結果、個人の力が大きくなった。
マイナス面では、ひろゆきが言うように単なる一般人が犯行予告をすることで社会に影響を与えるほどの力を持ったことからもそう言える。
だが、プラスの面を考えると、これまで物理的に関係を築けなかった人や、きっかけが無かった人と出会えい、お互いに刺激を与えられるチャンスを自らの手で生み出せるのだ。
出会いや刺激を求めていない人はさておき、それらを少しでも欲している人は、このプラットフォームを使わない手はない。
プラットフォーム、例えばブログを使って自分に価値を付加する。そしてその付加した価値から、新しい仕事のチャンスが生まれるかもしれないし、新しい趣味ができるかもしれない。サイバースペースならではの展開が待ち受けてる。
このことに無駄に拒否反応を示すのは余り賢くない。可能性があることは紛れもない事実だと言うことを忘れないでおいた上で、これを楽しもうとするか、そもそも価値を見出すか否かを決めるべきだと思う。(最後で「べき」を使うというオチ。念のため。)



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