魂が無い!
これまでに7つ記事を書いた。凄まじくペースが遅いがそんなことは気にしない!が、気になっていることがある。悩んでいると言えるレベルだ。
僕のブログには魂が無い!
薄々感じてはいた
ブログを始めるに至って、僕は「有益な情報を提供すること」を意識して記事を書くことに決めた。
と言うのも、学生が最も顕著だが日記形式のブログが多すぎるからだ。わざわざ同じことやっても面白くないので、ブログ本来の情報提供型を目指したのだった。
しかし、そこには「専門性」という名の壁が僕の行き先をふさごうとしていた。
www.さとなお.comなら博報堂社員という広告に関する専門性を活かした記事を書けるし、ホームページを作る人のネタ帳ならWeb制作という専門性を活かした記事を書ける。
普通に生活していても中々入ってこない情報を提供することができるわけだ。
さて、学生の専門性って何だろう。そこを相当考えた。
しかし答えは出なかった!w
強いて言うなら実名ブログという点だろうが、既に相当数の実名ブログが存在している。その中で、1冊の著書も出していない僕が実名でブログを書いたところで何の意味があるのだろう。
そんなこんな色々と考えていたのだが、答えが出なかったのでとりあえず記事を書き始めた。
そして7つ記事を書いたところで、あるブログを読んだ。完全にやられた。
ここには魂がある!
昨日、このブログの右にあるブログパーツ「あわせて読みたい」で、あるブログを見つけた。「京大」という名に導かれクリック。ピンク(性的な意味じゃない)のブログがでてきた。
トップにあった記事が面白い。実におもしろいのだ。その他の記事も読んでみると、これまた面白い。そして、この記事にたどり着いた。
その記事は、梅田望夫(僕の先輩)の「ウェブ時代をゆく」の書評で、これまで見た書評の中で一番感動した。感銘を受けた。
iammgさんには申し訳ないけど、本当に素晴らしいので少々長めに引用させてもらう。
まず、
私は影響を受けた本を読むときに注意する点が一つある。それは、その本を書いた著者が何を書かなかったのかということに注目することである。
今回梅田氏の「ウェブ時代をゆく」には今の社会の現実を直視する上で考慮に入れざるをえない負の側面がまったく書かれていない。
とあり、中略で以下の展開を見せる。
京大生でも未知なるものへチャレンジすることを怖がっている人もいる。やる気は無い自信は無い好きなものなんてねぇの3点セットだ。彼らにとっては、梅田的なオプティミズムは、単なる強い者の強制でしかないのである。弱く生きる自由が、そして弱い者たちの現状が、梅田の文章にはあえて記述されていないのだ。が、そこが重要なのである。確かに、梅田は私の両親が言うように「子供っぽい」かもしれない。しかし、マジで子供っぽい人とわざと子供を演じているのでは雲泥の差があると思うのだ。そして梅田は、後者の人間である。
私は梅田を子供っぽいとか、社会の負の側面を見ていないという言説で批判するのはナンセンスであると主張したい。なぜなら彼はあえてそうしているからだ。
彼もアホではない。それくらいのことは承知しているだろう。が、それでもなお彼はオプティミズム、けものみちに拘るのだ。そこから私は次のようなメッセージを受け取った。
「やる気があってうずうずしている若者よ!今の日本社会の雰囲気に落ち込むんじゃないぞ!俺みたいな大人もいるんだからさ♪お前らがんばっていい日本を作ってくれ!そして自分の人生を誇れるものにしろよ!」
そして最後に、以下の文章がくる。
しかし梅田氏が今回の「ウェブ時代をゆく」で行った一番の貢献は、今回もまたオプティミズムを貫き通したことである。やる気のあふれる若者に思いっきり走ってもいいんだな!という助走剤を梅田氏は本全体の言説で若者にプレゼントした。
負の、やる気をなくさせるような言説があふれる日本社会だからこそ、私にとって梅田氏のような人間が貴重である。現実の社会を考えると負のことばかりがきにかかることは確かである、しかし人が一番モチベートされるのは、希望あふれる言葉を聞いた時である。
忘れかけていたことを完全に引きずり出された。このブログには人間的な魅力がある。自分がワクワクすることを書いているからだ。
僕のブログに人間的な魅力があるか? 正直無かったと思う。分析や解説に特化しすぎてて感情が見えてこない、意見が見えてこない。延いては人間的な魅力が見えてこない。魂が無いブログだった。
ワクワクしたい!
自分のやる気がなくなったとしても、それを社会のせいにしたりメディアのせいにしたりするのは良くないと思う。他者に罪を擦り付けたところで、それが変わる保証もなければ、それらが変わっても自分が変わると言う保証もできないからだ。
もう完全に自分次第なんだ。自分がオプティミストになるかペシミストになるかで変わる。
そして僕は色々なことに関して、負の感情を抱きすぎていたように思う。ペシミストになっていた。その原因は自分が就活に関して考えすぎていたせいだ。そのために何が必要なのかを考えていた。例えば「U.S. CPAを取るとなると、勉強が必要で、そうすると他のことができなくなって・・・」なんてことを考え迷っていた。今の僕から言わせれば「お前はバカか」である。いやぁ本当にバカだ。
上の記事で完全に目が覚めた。負の側面とか見てても何にも始まらない。成功したときのことを考えた方がよっぽど意味がある。
成功したときのことを考えて、その中で一番ワクワクできることをしなきゃ損だ。やってる時から想像で楽しめて、さらに実現してワクワクできるなら二重でお得だ。
逆に日系企業の経営みたいに、あれこれ時間をかけていても何も進まない。機会損失だけが膨らんでいって、ワクワクできるチャンスを逃してしまう。これじゃ損だ。
さて、次のステップはワクワクをそれなりに定義することだ。それに注視しすぎると本末転倒だけど、ある程度輪郭をクッキリさせるくらいは必要だと感じる。
僕はこの夏に英語の勉強をしようと思ってる。思いっきり友達に刺激されたけど、でも留学したことを想像すると、僕としては何よりもダントツでワクワクできる。
もし行けなかったとしたら、英語の勉強に費やした時間が無駄になるのかもしれない。それは人の考えによると思う。正直、僕は分からない。インターンができるかもしれないし、大量の本を読めるかもしれないし、はたまた旅行しまくりの夏休みを満喫できるかもしれない。どれも凄く魅力的だ。それにワクワクもする。
でも、留学したときのことを考えるとどれも霞んでしまう。それくらい留学を想像するとワクワクできる。
もちろん、友達と作り上げているコミュニティとインタビュー企画はやろうと思ってる。リスクヘッジではない。全部面白そうだし、こなすつもりだからだ。
さて、調子に乗って大口を叩きすぎたように思われるかもしれないが、読者がいることを想定しての自戒の意が含まれている。知り合いの方々、夏休みに遊んでいる僕を見かけたら、笑わず真剣に「英語の勉強しなくていいのか」と言って欲しい。(本気です)
そしてこれからはワクワクしたこと・できることを書きつつ、得意の分析・解説を混ぜてブログを更新していこうと思う。



全部やっちゃってください。
その方が絶対おもしろい。
Posted at 2008.07.27 19:09:29 by abc
確かにそれは最高に面白い。
ただ、その全部こなしている姿をうまくイメージできないんですよね。たぶん、それを全部こなせる人と僕との差だと思うんですが、うまくイメージできないんです。
僕の場合、うまくイメージできないものは心の底からワクワクできない。
「全部できたら○○で」と口に出して、なんとなくワクワクしたつもりでも、心の底に眠る魂がワクワクしすぎて暴れ出したりはしないんですよ。
というのが全部をしない1つめの理由。
そして、もう1つの理由が、僕は基準のTOEFL iBT 85点より上を狙っていて、単に点数がクリアすれば良いんじゃなくて、今年の夏TOEFLを勉強した人の中で1番を目指すつもりでやってます。(気が狂ったと思われるかもしれないけど本気)
だから、他のことに手をつける時間も英語の勉強に使いたいってのが2つめの理由です。
今思ったんですが、この夏に自信をつけられれば、次回は全部こなすことをイメージできるようになるかもしれません。
貴方のコメントがなかったらそこまで考えられなかった。貴重なコメントありがとうございます。
早稲田の方ですよね?(IPから) テストがんばれ!
Posted at 2008.07.27 19:29:43 by Sho