明神茂 -”兜町の大明神”と呼ばれた男-

近頃、かなり寒くなってきましたね。僕は夏が大好きなので、これからさらに寒くなることを想像するだけでイヤになります。それでもまだ学生。前年比平均-2.3%も落ち込んだ冬のボーナスで落ちこまずにすむだけ気楽な身分なのかもしれません。
実体経済も悪化してきて”景気のいい話”が聞こえてこない今だからこそ、1996年に3140万ドルを稼いだ、”ある人物”についてエントリを書いてみようと思います。
その人物の名は明神茂。ソロモン・ブラザーズの副会長にまでなった、生ける伝説です。
はじめに (このエントリを読む上での注意点)
僕が明神茂氏を知ったきっかけは、黒木亮氏のマスターピース「巨大投資銀行」でした(おお!文庫版になってる!)。それから氏について調べたのですが、彼の伝記・回顧録もなければ著作もなく、最終的にウェブ上にあるものと「巨大投資銀行」の情報を元に、このエントリを書くに至りました。そのため、エントリには間違いが含まれている可能性があります。ただし、意図的にウソ情報を発信したかったわけではないので、その点をご了承ください。
「なぜ情報があやふやなままで、1人の人間に関するエントリを仕上げるのだ」と指摘を受けるかもしれないことは想像しましたが、明神氏に関する情報を手に入れたかったことと、もっと多くの人に明神氏の存在を知って欲しかったという理由で、このエントリを書きました。(我ながら自分勝手だとは思います。)
それでは始めましょう。
ソロモン・ブラザーズに入るまで
明神氏は中央大学・法学部卒業後、今は亡き山一証券に入社します。静岡支店でトップの成績を残した彼は、イギリス支店に栄転。そこで、現地の金融機関を訪れてジャパン・マーケットに関するセミナーを定期的に開いていたそうです。
ユーモアとウィットの利いた彼のセミナーは好評を博し、それがソロモン・ブラザーズの現地法人に引き抜かれる契機となります。(もちろんマーケットに関する洞察が鋭かったのが引き抜かれた第一の理由だと思います。)
ソロモン・ブラザーズのアービトラージ
ソロモン・ブラザーズに移った氏が、最初に入った部門がどこなのかは定かではありませんが、彼は有名なアービトラージ(arbitrage:裁定取引)部門に入りました。
ソロモン・ブラザーズのアービトラージ部門といえば、ウォール・ストリートに本格的に金融工学を導入し、後にLTCMを立ち上げたジョン・メリウェザー率いる部門で、飛ぶ鳥を落とす勢いで収益を上げまくっていたことで有名です。
(これに関しては、”When Genius Failed” (邦題:最強ヘッジファンドLTCMの興亡)に詳しいです。)
話は逸れますが、マネックス証券のCEOをしている松本大氏もこのアービトラージ部門に属していました。松本大氏のブログで言及されていた「尊敬する伝説のトレーダー(もしくはビジネスマン)SM氏」というのは、おそらくですが、明神茂(Shigeru MYOJIN)氏のことでしょう。因みに、明神氏といえばこの時期に付いたと思われる、”Sugar”というあだ名が有名です。なぜシュガーなのかは定かでないので、ご存じの方は是非教えてください。
その後、ソロモン・ブラザーズがジャパンオフィスを立ち上げるに際し日本に戻った明神氏は、高クーポン債のショートと低クーポン債のロングなどのアービトラージで収益を上げていたそうです。
この収益を更に増やすことになるのが、1988年3月(僕が生まれる以前!)にスタートした先物取引市場。アメリカのNYSEなどと違って、まだ成熟していない日本のマーケットにはアービトラージによる収益チャンスが転がっており、彼らは大きく稼ぐことになります。
日本人として経営委員会に名を連ねるまで
1991年、ソロモン・ブラザーズ(本社)の社員、ポール・モーザーが米国債の不正入札をし、ソロモンはプライマリー・ディーラーの資格を維持できなる可能性が出てきました。この件で「モーザーの監督に不備あり」とSECに訴えられたメリウェザーは、示談として証券業界から3ヶ月間離れることとなります。人柄の面でも、多大な収益を生み出す部門の長としても、多くのソロモン社員がメリウェザーの復帰を望んでいました。
同事件を受けて辞任したグッドフレンド会長の跡を継いだのは、東京支店長を務めていたデリック・モーン。明神氏率いるアービトラージ部門の実績のお陰で会長になったイギリス財務省出身の男です。彼は、収益の大半をトレーディングに依存するボンドハウスからの脱却を目指すために、メリウェザーの権限を限定させました。自分に非が一切ないだけに、これを不服としソロモンを去ったメリウェザーはLTCMを立ち上げることになります。
「収益の大半をトレーディングに依存していた」と書きましたが、当時アービトラージ部門はソロモン全体の87%を稼いでいたのです。特筆すべきは、アービトラージ部門が上げた収益の実に半分以上が明神氏率いる東京支店によるものだったと言うことでしょう。
因みに、当時の日本では金融工学が全くと言っていいほど浸透していなかったため、氏は「手法は分からないけれども信じられないほど利益を出し続ける男、 “兜町の大明神”」 と呼ばれていたそうです。
結局、グッドフレンド会長の辞任、メリウェザーを復職させなかったこと、役員の給与をカットしたことで悪いイメージを払拭したソロモンはプライマリー・ディーラーの資格を保持できました。
1992年2月10日、ソロモン・ブラザーズは意志決定の最高機関である、エグゼクティブ・コミッティのメンバーに明神氏を指名します。史上初めて、アメリカの投資銀行の経営委員会に名を連ねる日本人が誕生した瞬間でした。
そして副会長へ
同年、日経平均が2万円を割り込み、東京支店のアービトラージ部門は2年半がかりで進めていた、転換社債に組み込まれたオプションと現物のアービトラージで実に1000億円近い利益を上げます。
因みに、前述の「巨大投資銀行」のなかで、年初にチームのみんなを連れて明治神宮に参拝するシーンが描かれています。氏はどうやら神道からインスピレーションを得ていたようです。
翌1993年、長者番付(1992年1月~12月の納税額)にて、明神氏は納税額3億4000万円で92位にランクイン。マスコミが彼の元に殺到しました。が、トレーダーがマスコミの取材に応じることに意味を見出していなかった氏は一切取材を受け付けませんでした。(これが最初に書いた「このエントリを書くこと自体が迷惑になる」と思った理由です)
80年代から90年代初頭にかけてソロモンの独断場だったアービトラージも、1994年頃から他社の参入によって利益を上げにくくなってきていました。他の投資銀行がソロモンから社員を引き抜き、ノウハウが流出してしまったことと、メリウェザー率いるLTCMが成熟しきっていない日本市場に参入してきていたためです。
そんななか、アービトラージ部門のトップを務めていたローレンス・ヒルブラントがLTCMに加わるためにソロモンを去ったため、ロンドンの裁定取引チームにいたデニス・キーガンがそのポジションを引き継ぎ、同時に副会長になりました。メリウェザーなき後、実質ソロモンの大黒柱であった明神氏は、恐らくこの人事に納得がいかなかったでしょう。彼はこのとき、一度辞表を出しています。
時を同じくして、ソロモンがロナルド・ペレルマンの買収攻撃に晒されたとき、ホワイトナイトとして大株主になった、ソロモンの会長兼CEOのウォーレン・バフェットが新しいボーナスの制度を打ち出しました。それは「社員のボーナスが個人や各部署の利益と比例していたものを廃止し、会社の業績に比例させる」というもので、発表されるやいなや退職者が続出してしまったのです。
もちろん、新たにアービトラージ部門のトップになったキーガンも頑なに拒否。部下ごとキーガンに辞められては困ってしまう会長のモーンは、明神氏にコンタクトをとり、副会長になって欲しいとの胸を伝えました。明神氏は条件としてロンドン勤務を提案。これをキーガンが承諾し、ウォール・ストリートの投資銀行で史上初の日本人副会長が誕生しました。
ソロモンを去るまで
その後、会長になった明神氏はソロモンの世界のポジションを常にチェックしアドバイスをする業務でソロモンに貢献し、1996年には総額3140万ドルの報酬を受け取っています。
そんななか、ソロモンは保険会社のトラベラーズに買収され、ソロモン・スミスバーニーとなります。これは両者がより強力・強大になるための友好的な買収でした。が、トラベラーズのトップであるサンディ・ワイルは収益がぶれるのを嫌い、アービトラージ部門自体を潰したいと考えていました。
結局、1998年にアービトラージ部門は実質的に閉鎖されてしまいました。それとほぼ同時に明神氏もソロモン・スミスバーニーを退社。1979年にロンドンで引き抜かれてからほぼ20年が経っていました。
その後の行方
ソロモンを退社後、氏はTudor Investment Corporationというロンドンのヘッジ・ファンドが日本支社であるTudor Capitalを立ち上げる際にトップに就任します。
ここでとても興味深いのは、Tudorがマネックス証券に投資している点です。さらに、同じタイミングで投資しているのがSoros Fund ManagementとJWM Partners Investmentsであることです。前者は誰もが知っているジョージ・ソロスのヘッジ・ファンドですね。では後者のJWMパートナーズとは一体何者なのでしょうか。
実はコレ、あのジョン・メリウェザーがLTCM破綻の精算を終えてから新たに立ち上げたヘッジ・ファンドなんです。ここでソロモンで一緒だった、松本大、明神茂、ジョン・メリウェザー(敬称略)が繋がるんですね。こうやって時間が経ってから繋がるのはなんかいいなぁと憧れます。
話を戻しますと、2002年にTudor Capitalが日本での業務から撤退してから、氏の消息が掴めない状況です。(とはいえ、単にオープンになってないだけで意図的に隠しているわけではないと思います。)
黒木亮氏の「巨大投資銀行」のなかでは「Tudorのオフィスを引き継いで自分のヘッジ・ファンドを始めた」と書いてあり、IDDmagazine.comというウェブサイトでは「Horizon Capitalというヘッジ・ファンドに入った」とあります。
彼は今頃どうしているのでしょうか。もしかすると隠居生活をしているのかもしれません。だとすれば、掻き回すのは単なる迷惑だろうと思います。ただ、「それでも知りたい!」と思わせるほど、明神氏の業績(≠経歴)は輝かしいもので、ついついもっと知りたくなります。できることなら、実際に会ってみたいものです。
最後に、Daily Telegraphのウェブサイトに載っていた、氏の発言で締めくくりたいと思います。
Trading is the most exciting intellectual game ever, and I am far from burned out. But 23 years have passed since I began working in the securities industry, so I want to do something different for the next 23 years. I’ve already started taking a university course in the history of Western art and I am talking about working with a Christian volunteer group.
トレーディングは何よりもエキサイティングで知的なゲームですし、どうやら私はまだまだ燃え尽きそうにありません。しかし、証券業界で働き始めてから早23年が経ちました。なので、次の23年間は今までと違うことをしてみたいんです。既に、大学の西洋美術史コースを取ろうとしていますし、キリスト教のボランティア・グループと仕事の話をしています。(僕の訳)
追記(12/08/2008)
上のインタビュー内容にもあるとおり、明神氏は西洋美術に興味を持っているようです。「巨大投資銀行」にもそう書いてあったのですが、インタビュー以外に確定的な情報が無かったためこのエントリでは特に触れていませんでした。
が、イギリスナショナルギャラリーのPrivate fundingのリストに氏の名前を見つけたのでリンクを貼っておきます。(”Life Members”のなかにMr & Mrs Shigeru Myojinとあります)
NG London/Administration/The National Gallery Annual Review/Page 9 of 12
用語(簡略)解説
アービトラージ:arbitrage (裁定取引)
LTCM:Long Term Capital Management(という名のヘッジファンド)
ホワイトナイト:敵対的買収が仕掛けられた際に、買収される企業に友好的な第3者。
プライマリー・ディーラー:NY連邦準備銀行と直接再建を売買する資格を有する証券会社
SEC:Securities and Exchange Commission(証券取委員会のこと)
LSE:London Stock Exchange (ロンドン証券取引所)
NYSE:New York Stock Exchange (ニューヨーク証券取引所)

























